わたしはこうして摂食障害を克服できた。拒食と過食にさよならできた方法

メンタル

辻堂タロット占いサロンSHINのオーナー兼、タロメディアのライター秋本栞里です。湘南藤沢(辻堂駅から徒歩2分の場所)で対面鑑定をしております。テラスモール湘南すぐ、藤沢、茅ヶ崎、鎌倉、江ノ島、横浜、平塚からも好アクセスです!

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この記事は、前回書いたものの続きです。そちらも合わせてご覧ください。

摂食障害の「正体」

摂食障害(拒食・過食・過食嘔吐など様々)というと、「思春期の女性の痩せ願望」だと安易に決めつけられがちです。ですが実際は、そんな単純な問題ではありません。

摂食障害とは元からその子の心の奥にあった闇が、「食の拒絶」「吐く」などの形で表に出てきたものです。摂食障害の正体は「助けてほしい」という心の叫びだと、わたしは思っています。

摂食障害は単なる「痩せ願望」ではない。「苦しい」「助けてほしい」という、心の叫びが外側に出てきたもの。

わたしは二十歳くらいのとき、摂食障害になりました。身長が161センチなのに対し、当時の体重は39キロ。十分に痩せているのに自分のことは「デブだ」と思っていましたし、もっともっと、誰よりも痩せたいと思っていました。

そんなわたしの、摂食障害克服までの道のりをお話いたします。

克服した時期は覚えていない

摂食障害のはじまりが人それぞれであるように、治り方もまた人それぞれだと思います。今となっては摂食障害を克服できましたが、実は「これで治った」という決定的な記憶が、わたしにはありません。

「吐いたりするのをやめよう」と思えたタイミングはあったはずなのですが、明確には覚えていないんです…。実をいうと当時は摂食障害以外にも、心の病気を併発していたので、そちらが治ったタイミングで正気に戻ったのだと推測します。

克服のきっかけとは?

当時わたしは摂食障害の他に、別のメンタル系の病気を持っていました。『解離性障害』という病気です。枝分けした中では『解離性同一性障害』というのが一番有名で、『24人のビリーミリガン』という小説でも知られています。気が付くと別の人格に入れ替わってしまうという症状です。

わたしの場合は6歳の自分、12歳の自分など自分であることには変わりないのですが、それぞれが別で存在しており、統合されていないということでした…。今となっては「それってインナーチャイルドなんじゃないの?」なんて思ったりしますし、当時も当時で「パーソナリティー障害の方がしっくりくる」なんて思ったりしました。

それはさておき、メンタルに不調を抱えており、心療内科に通っていたことは確かです。ある日のこと、診療が済み待合室に戻ると、同じように悩みを抱えた若い子が5人くらい座っていました。その時の彼女たちの雰囲気といったらこの世の終わりといった感じで、「自分こそがこの世で一番不幸」とでも言いたげな様子だったんですね。それを見て、わたしの中で何かがスッと冷めていくのを感じました。

実はわたしも、親からの虐待や、学校に馴染めない日々に大きなストレスを抱えていました。つらかったのは確かですが、正直に言うと、不幸に酔っていたもと思います。待合室の女の子たちがそうだったように、「わたしこそが、世界で一番可哀想」だと思っていたんですね。

「自分こそが不幸」と思っていたところに、「いや、我こそが不幸なり」と言わんばかりの少女たちが5人くらい座っている光景を見たら、急に冷めてしまいました。

わたしもこの子たちと同じなんだ。不幸面してる人の一部に過ぎないんだって思ったら、なんだかバカバカしく思えてしまって、吹っ切れてしまったんですね笑

「世界一不幸な美少女」は、わたしだけではなかった!

病気を認知することで、楽になれた

わたしが摂食障害をはじめ、他のメンタルの病気も一緒に克服できたのは、自分自身を客観視できたことが大きかったと思います。心療内科の待合室にいる女の子たちを見て、「わたしもこの人たちと同じ。不幸に酔っている人、って見られてるのかも…」そう思えたことは、自分の中でとても大きかったです。

当時は本当に生きづらくて、苦しくて、少しでも楽になりたいという気持ちでクリニックに通っていました。不眠症PTSDなど、どうにかしたい一心で色んなクリニックに通っていましたが、その行動って、今考えたらめっちゃえらいですよね笑 自分のためにお金も時間もかけて、必死で生きようとしていたんですから。ですから、今同じように苦労されている方は、自分をほめてあげてほしいと思います。

がんばっている自分を、ほめてあげよう!誰がなんと言おうと、あなたはすごい!

自分のために、幸せになろう

ここを読んでいる人の中には、自殺をしたくなるほど悩んでいる方もいるかもしれません。事実、わたしもそうでした。毎日死にたくて仕方ありませんでした。でも不思議なことに、「今ここで死ねない」という思いもあったんですね。

それは悔しさとか、負けてたまるかといったハングリー精神に近い感情だったと思います。それは言葉を変えれば、生命力と言えると思うんです。死にたい現状の中にも、生命力はちゃんと残っていました。

今幸せであることを思うと、がんばって生き延びてよかったと思います。わたしはこれを読んでいるあなたの苦しみは、どの程度かわかりません。わたしなんかよりもずっとずっと苦しんでいる人もいるかもしれないし、その人たちに対して「がんばれ」なんてとても言えませんが、諦めてほしくはないなと思います。

「きっといいことがある」と言うと無責任に聞こえそうですが、一転して自分を幸せにするためと聞くと、少し希望が湧いてきませんか?少しでも楽に生きるために、視点を変えてみてほしいと思います。

苦しみだけを見つめるのをやめ、自分を幸せにする方向で考えてみよう!

客観視、名づけが克服への鍵

高校・大学と、わたしは常に心の不調に悩み、とても苦しい時期を過ごしました。学校にも家庭にも居場所がないという閉鎖感、孤独感からそうなっていったのだと思います。

そしてものごとの考え方、マインドもものすごくネガティブでした。なんでも悪い方に考える、自分を罰する、他人を憎む、現実から逃げる…。今思えば、自分で自分を追い込んでしまっていたなと思います。

そんなわたしを楽にしてくれたのは、先ほど述べた『客観視』です。客観的に今の自分の状態を知ることで、世界は自分が中心なのではないことに気づけます。自分だけが苦しいのではないし、自分の苦しみは別に特殊なんかじゃない。そう思えたことで、わたしは目が覚めました。

客観視に役立ったのは、心のモヤモヤに『名づけ』をしてもらえたこともとても大きいです。解離性障害、摂食障害など、「なんでこんなに苦しいんだろう」という気持ちに名前があるとわかっただけでも救われた気持ちがしました。

病気を治すのが怖くなる

自分で自分の病気を自覚できると安心する一方で、それに依存する事態も発生します。治した方が楽なのはわかっていても、治すのが怖くなってしまうんですね。その理由も、心の弱さゆえです。

  1. 特別視してもらえなくなる
  2. 同情してもらえなくなる
  3. 「個性」がなくなる

わたしは特に、解離性障害や摂食障害であることを公言していたわけではありません。でも自分の中では、「これまで苦しんだ分、人に優しくされて当然」という強い気持ちがありました。可哀想な人として扱った欲しいとすら思っていました。それくらい、人に心配してもらう・気にかけてもらうことに飢えていたんですね。

愛情不足に育った人ほど、病気に依存してしまう傾向がある

病気が治れば、当然「普通の人」になります。周囲は心配してくれなくなりますし、デリケートな扱いもしてもらえません。同情と愛情を一緒にしていたわたしのようなタイプほど、病気を完全に治すことに抵抗を感じると思います。

「弱い」という点において人の優位に立ちたい、庇護されたい、救われたい気持ちが強い人ほど、病気を治すのが怖い。特殊性がなくなってしまうから。

加えて明るく・普通に・楽しく過ごすというやり方わからなかったので、そこが不安だったというのもあります。これまでそういった生き方をしたことがなかったので、やっていけるのか心配だったんですね。

慣れないことをするのは、単純に不安。マインドは急激には変えられない。

でもやっぱり、治したい!

しかし最後は、「そんなに深刻でいても、仕方ないじゃん」と思えたことで、克服することができました。あの時心療内科の待合室で、自分と同じような他者を見れたのがよかったのでしょう。

客観視は時に、自分自身を救う!

よく「つらいのは自分だけじゃない」なんて言いますよね。聞こえ方によっては責めるいい方に感じてしまいますが、一理あります。実際に似たような他者を見て、「自分の状況は特殊じゃない」「似たような人もいる」と実感することは、冷静な考え方を生むからです。

先日、バチェラー4に参加した嘉瀬美月さんが、摂食障害の過去を告白されました。

こういった克服例や実体験をみることも、自分自身を見つめ直すきっかけになると思います。「今すぐ直さなきゃ!」と焦る必要はありません。味方がいる・同志がいるという気持ちで、周りからヒントをもらっていきましょう!

ツイッターでは「#摂食障害克服中」「#拒食症克服中」というタグで繋がることができます。みなさん食べたご飯を載せていたり、とても平和なタグです。克服仲間が欲しい方は、使ってみてはどうでしょうか?

周囲の人ができること

先ほど「つらいのは自分だけじゃないという言葉は一理ある」と書きましたが、これは自分が振り返ってみて思うことです。間違っても、家族や恋人が今苦しんでいる人に向かって言わないでほしいと思います。

言う側はもしかすると、「あなたは一人じゃないよ。仲間がいるよ」というつもりで言うのかもしれませんが、当事者には「自分だけがつらいと思うな。お前のつらさは、大したことない。甘えるな」と聞こえます。これ以上、本人を追い込むことはしないで欲しいと思います。

わたしがそうだったように、苦しんでいる時は「自分が一番苦しい」と思いたいのです。否定の言葉は避け、ただただ「つらいよね」「大変だね」「がんばってて偉いね」と共感してあげてください。

まとめ

当事者の方、当事者を家族に持つ方にとって、少しでも参考になることがあれば幸いです。今はとてもつらいと思いますが、あなたがあなたを少しでも好きだと思える限り、いつか楽になれます。

自分を幸せにするのは他でもない、あなた自身です。まずは自分自身を受けいれ、少しずつ少しずつ、自分を愛してあげてくださいね。

他にも摂食障害に関する記事を公開しています。よろしければご覧ください。

神奈川県藤沢市(辻堂)で占いサロンをしています。

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