なぜ若い女子は摂食障害になってしまうのか。わたしがそうなった理由①

メンタル

拒食症などの摂食障害というと、「思春期の女性の痩せ願望」だと安易に決めつけられがちです。

ですが詳しく紐解いてみると、人によって理由は様々です。

「痩せたい」という気持ちから行動がエスカレートし、栄養失調で倒れてしまうのは、単に「ダイエットのがんばりすぎ」。

摂食障害とは元からその子の心の奥にあった闇が、「食の拒絶」「吐く」などの形で表に出てきたもので、「助けてほしい」という心の叫びです。

 

わたしは二十歳くらいのとき、摂食障害になりました。

身長が161センチなのに対し、当時の体重は39キロでした。

十分に痩せていても自分のことは「デブだ」と思っていましたし、もっともっと、誰よりも痩せたいと思っていました。

そこまで自分を追い込んでしまった理由はなんなのか。

今となって思う理由、なぜそうなったのかをお話していこうと思います。

 

好きな人の好きな人が、痩せた女の子だった

よくある話なのかもしれません。あまりにも安直すぎて恥ずかしいのですが、大きなきっかけとして思い出すのは、この失恋事件です。

当時中学生だったわたしには、好きな男の子がいました。小学生からずっと好きで、おごった考えですが、彼もわたしのことを好きでいてくれていると思ったんですね。

小学生時代の彼は、先生も手を焼くほどのやんちゃな子。人をいじめたりはしませんでしたが、女の子をからかうことがありました。

そんな中でわたしに対しては優しく、家にも遊びに来てくれていました。

そういうところから、自分は好かれているって思っちゃったんですね。

 

ところが時を経て中学生になり、彼が恋人に選んだのは、小学生ときにからかっていた女の子でした。

「あんなにあの子のことをからかってバカにしていたのに、選ぶのはあの子なんだ…。」

雷に打たれたような衝撃でした。

 

咄嗟にわたしは、彼に選ばれなかったことを、自分の体型のせいだと決めつけます。わたしはいたって標準的な体型でしたが、その女の子は痩せていて、モデル体型でした。

「痩せていたから、あの子は好かれたんだ」

そうでも思わないと、当時のわたしは感情を処理しきれなかったのかもしれません。

 

「痩せている子は好かれる」と思い込んだのと同時に、「太っていたら愛されない」とも思い込んでしまいました。

そう脳に、強くインプットされてしまったんですね。

わたしは自分の体型を恥じ、強く呪いました。

 

「痩せていないと愛されない」という思い込み

初恋に破れたことがきっかけで、わたしは「痩せていないと愛されない」「彼女にしてもらえない」と思い込んでしまいます。

このあとすぐにダイエットに走ることはありませんでしたが、その思い込みが後に「呪い」となってわたしを苦しめることになります。

 

自己否定を強いられる環境にいた

わたしが摂食障害に追い込まれたのは、当時の人間関係がうまくいってなかったせいもあります。

中学生当時、わたしに友達はいませんでした。

部活では一部の女子たちにハブられてましたし、後輩からもバカにされていました。

教室にも理解し合える友人もなく、いつも一人で本を読んでいました。

全員、大嫌いでした。

一人は寂しいし孤独だけど、バカなこいつらとつるむよりはマシ…と、相当こじらせていたと思います。

自分から避けていた部分も大きいですが、避けられるような人間性だったとも思います。

 

人付き合いが壊滅的に苦手なわたしでしたが、家に帰ってからも地獄でした。

わたしは父親に虐待されていました。

感情の制御ができない男で、酒に溺れては暴れ、暴言を吐き、母とわたしに手を上げるのが日常でした。

母との喧嘩は日常茶飯事で、夜中でもお構いなしで、ご近所に響き渡るほどの大声を出しながら暴れていました。

耳をふさぎながら寝るのは、珍しいことではありませんでした。

 

前日に「離婚する!!」と大騒ぎしたにも関わらず、翌朝は何事もなくケロッとしている二人を見ると、心底ガッカリさせられたものです。

学校も楽しくなかったし、帰ってきては喧嘩に巻き込まれるし、家を出たくてしかたなかったわたしは、両親にとっとと離婚してほしくてしょうがありませんでした。

親が離婚すれば静かな環境で暮らせるし、学校は転校できるかもしれないからです。

「離婚だ!」と人を期待させることを言うくせに、実際には踏み込む勇気のない二人のことは、心の底から軽蔑していました。

いっそのこと、二人とも事故で死ねばいいのにとさえ思いました。

 

自殺願望もありました。

11歳の頃にはありましたし、今考えればバカバカしいですが、息を止めて死のうとしたこともあります。

でも、「苦しい。死ぬのが怖い」という気持ちが勝ったんですね。

そのときわたしは、死ぬのにも勇気がいるんだと知りました。

 

また、虐待する父親が生きているのに、なぜ自分が死ななければならないのかという悔しさがありました。

生命力ですよね。自分の中に「生きたい」という気持ちがあることをあまり認めたくないのですが、死にたくないということは、つまり生きたいということ。

ここで死んでたまるかという気持ちは強かったです。

 

家庭でも学校でも、わたしには居場所がありませんでした。

今思い返しても、本当につらかったです。

弟と、じいちゃんばあちゃん以外、全員が敵でした。

 

そういう環境にいたので、「自分なんて」という気持ちが育ってしまったんですね。

他人も憎いけど、虐められる自分も憎い。

わたしのことは誰も愛してくれない。

誰も受け入れてくれない。

 

自己否定的な気持ちはこの頃に作られ、その後もずっと残ることになります。

長くなったので、次回に続きます。

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